前回のおさらい
第3回では、本質的な課題を見つけるために「鷹の目」で見る力を身につけました。個々の出来事をバラバラに追いかけるのではなく、一段高い視点から共通の根っこを見つける。そして「5マス思考地図」を使って、現場の事実から法人の課題、果たしたい成果まで一本の筋で整理する。ここまでで、「何を目指すのか(成果)」と「何が問題なのか(本質的な課題)」が見えてきました。
では次の問いです。成果が見え、課題もわかった。しかし現場では毎日、無数の判断が求められます。
「この利用者さんには、今、何が必要か」「限られた時間の中で、何を優先するか」「同僚の判断と自分の判断が違うとき、どう考えるか」
こうした判断を、その場の気分や個人の経験だけに頼っていては、チームとしてバラつきが出ます。だからこそ、組織としての「判断のモノサシ」が必要です。それが今回のテーマです。
① 判断のモノサシは「場面で語れる言葉」まで詰める ── 抽象的なスローガンでは現場の判断がぶれる
② 5つの価値観という軸を知る ── 現場の判断が難しいのは、この5つがぶつかる場面だから
③ 事例で判断軸を体感する ── ここまで学んだ道具が実際の現場でどう活きるかを確認する
スローガン vs 場面で語る言葉
まず、判断のモノサシの「要」からお話しします。多くの施設では、経営方針やビジョンを「スローガン」で表現しています。「利用者支援の向上」「個別性を尊重した支援」「チームワークを大切に」── 一見、正しいことを言っています。でも、現場で使おうとするとどうでしょうか。
・「利用者支援の向上」(何にでも当てはまってしまう)
・「個別性を尊重」
・「チームワーク」
・「利用者の『やりたい』を一つでも叶える時間の創出」(現場で判断できる)
・「本人の『やりたい』に近いを優先」
・「缶おりを生きる時間」
抽象的なスローガンの問題:「利用者支援の向上」と言うと、すべての判断に当てはまってしまいます。「支援時間を長くする」も「短くする」も、すべて「支援の向上」と言えてしまう。その結果、判断がぶれます。
場面で語る言葉にすると:「利用者の『やりたい』を一つでも叶える時間の創出」と言い換えると、現場で具体的に判断できます。時間が限られている時は?→ 一つに絞った方がいい。チーム内で意見が分かれた時は?→ 本人の「やりたい」に近いのはどっちか。
判断のモノサシは「場面で語れる言葉」まで詰めることが大切です。そうすることで初めて、リーダーだけでなくチームの全員が同じ基準で判断できるようになります。
5つの価値観(判断のモノサシ)
では、場面で語る言葉の「素材」は何か。福祉現場での判断が難しいのは、大抵の場合、複数の大切なことがぶつかるからです。その時に頼りになるのが、福祉における普遍的な5つの価値観です。
「その人が、自分の足で一歩でも前に進もうとする時、歩み寄ること。やり過ぎず、放り出さず」
「その人の人生の主人公は、その人自身。意思決定に関わる権利があり、それを守ること」
「その人が安全に、心落ち着いて過ごせる環境。信頼できる関係を前提に」
「利用者一人ひとりが、適切で公平な扱いを受けること。法令順守、透明性」
「その人が、社会の一員として、地域に参加し、つながること」
これらは一つひとつが大切です。しかし現場では、この5つがぶつかる場面が頻繁に起きます。それが判断の難しさの正体です。
自立支援の「境界線」を考える
5つの価値観がぶつかる具体的な場面を見てみましょう。正解を求めるのではなく、チームで「何を優先するか」を語り合う練習をするためです。
食事に時間がかかる。固いか、見守るか。
散歩の窄くらいリスク。伝も見上げる。
作業が上手会段を転取する。手伝うべきか。
場面1:食事の時間 利用者さんが、ご飯を食べるのに時間がかかります。スタッフが手伝うべきか、それともその人のペースに任せるべきか。
「自立への伴走」と「安心の土壌づくり」がぶつかります。時間がかかることでその人のストレスが大きくなるなら、手伝うことも自立支援かもしれません。
場面2:移動の安全性 散歩に行きたい利用者さん。転倒のリスクがあります。側について見守るべきか、距離を取るべきか。
「安心の土壌づくり」と「自立への伴走」の緊張関係です。転倒を「絶対に防ぐ」ことだけが安心ではなく、「その人が挑戦できる安心」という価値観もあります。
場面3:ボタンの付け替え 服のボタンが取れました。利用者さんは「自分でやりたい」と言っていますが、今月3回も取れています。手伝うべきか。
「個の尊厳」と「安全」のぶつかり合いです。何度も取れることでその人の「自信」が奪われているとしたら、手伝うことが尊厳を守ることになります。
大切なのは「唯一の正解」を求めることではありません。その現場で「何を優先するか」を、チームで語り合うことです。そして、語り合うためのモノサシが5つの価値観です。
事例で体感する
ここまでの道具── 分数式、事実で捉える、鷹の目、5マス、そして判断のモノサシ── が実際の現場でどう活きるのか、2つの事例で体感してみましょう。
高齢者福祉の現場です。Aさん(85歳)は毎日、午前中に施設の周辺を散歩に出かけます。最初、スタッフは「運動機能を維持したい」「季節の変化を感じたい」「人間関係を広げたい」── 複数の想いが重なっていることに気づきました(鷹の目で見る)。
そこで散歩をAさん個人の「健康維持」で捉えるのではなく、「地域との関係を編み直す機会」と位置づけ直しました(判断のモノサシ:社会との連続性)。散歩ルートに地域の商店や野菜畑を組み込み、スタッフが一緒に情報交換する時間をつくりました。
結果、Aさんの運動機能は維持され、「地域の人がAさんを知っている」という状態が生まれ、安心感が高まりました。分数式で見れば、分子(成果)が「本人の健康維持」から「地域とつながる安心」へと広がったのです。
障害者支援の現場です。就労支援を受けている人たちが、週1回「カフェ」をオープンしました。最初は「作業訓練」の一環でした。しかし参加者たちの声を聴くと「ここは気軽に誰かと話せる場所がいい」「やることが決まっていない方が、気が楽」。スタッフの判断軸(自立への伴走+個の尊厳)を当てはめると、「訓練」よりも「自然な関係が生まれる時間」の方が、本人たちの成果に近いと判断しました。
カフェを「訓練の場」から「関係性が生まれる場所」に転換し、地域の大学生や近所の人も招きました。
結果、参加者から「ここなら、自分でいられる」という声が聴かれ、その後の就職・復職率も向上しました。大切なのは、「その人と社会をつなぐ接点がどこにあるか」を判断のモノサシで見つけたことです。
ワーク:判断のモノサシを言葉にしよう
あなたの施設・部署では、どんな場面で判断がぶれやすいですか?5つの価値観のそれぞれに、あなたの現場の「場面で語れる言葉」をつけてみましょう。
この問いに「場面で語れる言葉」で答えられるようになったとき、あなたの施設には「判断のモノサシ」が生まれています。
第4回のまとめ
✅ 判断のモノサシは「場面で語れる言葉」まで詰める。スローガンのままでは現場で使えない
✅ 福祉における5つの価値観:自立、個の尊厳、安心、公正、社会。この5つがぶつかるのが判断の難しさの正体
✅ 正解を求めるのではなく、「何を優先するか」をチームで語り合うことが大切
✅ 事例で体感:分数式、鷹の目、5マス、判断のモノサシ── すべてがつながって現場で活きる
ここまでで、「何を目指すか(成果)」「何が問題か(鷹の目・5マス)」「何を基準にするか(判断のモノサシ)」が揃いました。次はいよいよ「どう動くか」── 実行の段階に入ります。
成果が見え、判断の基準も持った。では「どうやるか」。ここで大切になるのが「肝所(かんじょ)」です。肝所とは、成果を果たすために「本当に大事な一点」── 考え方のコツ、判断の要、動きの核です。マニュアルを分厚くすることではなく、「ここを押さえれば応用が利く」という一点を見つけること。それを軸に行動計画を立てます。
次回までに考えておいてください。
「あなたの施設では、今、最も大切にすべき価値観はどれですか? そしてなぜ、それが大切なのですか?」── その理由を、場面で語れるまで詰めてから第5回をお読みください。
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