定番
なぜ「考えない職員」が生まれるのか
― 福祉現場に足りない「具体と抽象」の視点
第1章 具体と抽象とは何か
現場では、ちゃんとやっているのにズレていると感じることがあります。
- 職員ごとにやり方が違う
- ヒヤリハットが減らない
- 会議がかみ合わない
どの職員も真面目にやっているのに、なぜかうまくいかない。これは人の問題ではありません。考え方の構造の問題です。
「具体」とは、目の前に見えるもの・実際に起きた出来事のことです。
- 利用者がつまずきそうになった
- 確認が抜けていた
- ハサミが出しっぱなしだった
「抽象」とは、それらの出来事に共通しているパターンや考え方のことです。
- 確認が甘い
- 環境が整っていない
- 判断の基準が人によって違う
つまり、具体は「それぞれ違う個別の出来事」、抽象は「それらの中に共通して見えるもの」です。
図解 ①
「具体 ⇄ 抽象 ⇄ 具体」の動き
この「行き来」が「考える」ということ
B:抽象
判断・ルール・共通項の認識
「この場面で守るべきルールは何?」「他のケースにも共通する大事なポイントは?」
(理解・確認)
① 思考(整理・抽出)
↑
② 適用(具体化・実践)
↓
A・A’:具体
事象の発生 と 具体的アクション
A:発生目の前の出来事・利用者の反応
A’:適用判断に基づいた具体的な声掛け・対応
止まらずに往復し続けるプロセスそのものを示します
具体と抽象は「階層」になっている
具体と抽象は2つにきれいに分かれているわけではなく、何段階もの階層になっています。
例えば、犬・猫・スズメ・鷹——これらは具体です。「犬と猫」をまとめると「哺乳類」、「スズメと鷹」をまとめると「鳥類」、さらに上がると「生き物」という共通の上位概念になります。
下にいくほど具体的でそれぞれの違いが見え、上にいくほど抽象的で共通点でまとまります。
図解 ②
具体と抽象の「階層構造」
上ほど抽象・下ほど具体。階層が違うと話がズレる
抽象(上位)
生き物
(共通の上位概念)
中間の階層
哺乳類
鳥類
具体(下位)
犬
猫
…
スズメ
鷹
…
⚠ なぜ話がかみ合わないのか
具体の階層「犬は速い」「鷹は飛べる」——どちらも正しい。でも同じ階層で話していないから比べられない。「哺乳類と鳥類の違い」という一つ上の階層から見て初めて、整理できる。
どの階層で話しているかを合わせることが、対話の第一歩
同じ階層で話さないとズレる。どの階層の話をしているかがそろっていないと、会話はかみ合わない。
第2章 なぜ現場はズレるのか
福祉現場では「一人ひとりに丁寧に対応する」という価値がとても大切にされています。これは間違いではありません。むしろ、福祉の根幹にある考え方です。
ただ、この考え方がそのまま業務全体に広がっていくと、目の前のことに一件ずつ対応する状態になりやすいのです。
ヒヤリハットを例に考えると、「階段でつまずいた→注意する」「ハサミが出ていた→片付ける」「確認漏れがあった→再確認する」。一つひとつは正しい対応です。でも、これはずっと「具体」の階層だけで動いている状態です。
続けていくと、やることがどんどん増え、同じような出来事が繰り返され、現場が疲弊していきます。ここで必要なのは手を抜くことではなく、一つ階層を上がることです。
「この3つのヒヤリハット、共通していることは何だろう?」
この問いを立てることが、抽象に上がる第一歩です。
図解 ③
具体の対応 vs 抽象でまとめた対応
ヒヤリハット対応で比べてみる
具体のみで対応
出来事ごとに個別対処
①階段でつまずいた → 注意する
②ハサミが出ていた → 片付ける
③確認漏れがあった → 再確認する
結果:やることが増え続け、同じ出来事が繰り返される。現場が疲弊。
VS
抽象でまとめて対応
共通パターンを見つけて根本対処
問い「この3件、共通していることは?」
→ 「確認の仕組みが弱い」と気づく
→ チェックリストの仕組みを見直す
結果:一度の対応で複数の出来事に効く。再発が減る。
一つ階層を上がるだけで、対応の質が変わる
管理者と現場の話がかみ合わない理由
管理者は「うちとして大切にしたいのは○○です」(抽象の階層)と話す。現場は「でも現場ではこういうことが起きていて…」(具体の階層)と話す。どちらも正しいことを言っているのに、見ている階層が違うからかみ合わないのです。
図解 ④
管理者と現場の「階層のズレ」
どちらも正しい。でも話がかみ合わない
管理者の視点(抽象の階層)
「うちとして大切にしたいのは○○です」
理念・方針法人全体の方向性・価値観から話す
「職員一人ひとりの成長を支えることが大切」
↕
見ている階層が違う
現場の視点(具体の階層)
「でも現場ではこういうことが起きていて…」
個別事象目の前の出来事・困っていることから話す
「昨日、利用者さんが転びそうになって…」
解決の鍵
管理者が「具体」に降りる または 現場が「抽象」に上がる。どちらか一方が階層を動かすだけで、対話がかみ合い始める。
「かみ合わない」は能力の差ではなく、見ている階層の差
第3章 現場でどう使うか
やることはシンプルです。今ある業務の中に、少しだけ視点を加えるだけです。
図解 ⑤
今の業務に「具体→抽象」を組み込む
新しいことを増やさない。今ある仕事の中に入れる
-
1
ヒヤリハットをまとめてみる
一定期間のものを並べて、似ているものをグループに分ける。「この3件、全部”確認”に関係しているな」と見えてくる。 -
2
グループに名前をつける
「確認ミス」「環境の問題」「判断基準のばらつき」——名前がつくと、チームの共通言語になる。 -
3
ケース検討に「問い」を一つ加える
「この事例から学べることを、他の場面にも活かすとしたら?」この一言で、学びがチーム全体のものになる。 -
4
記録に「一言」足す
事実だけでなく「今回のポイントは何か?」を一言添える。記録が「報告」から「学びの蓄積」に変わる。
どれも今の業務の延長線上。新しい会議も書式も不要
第4章 考えられる人の正体
「あの人は考えられる人だ」と言われる職員は、特別に頭がいいわけではありません。見ている場所が違うだけです。
目の前を見る。少し引いて見る。上を見に行く。この3つを行き来している人です。
「私はこう思う」で止まる人と、「この場面では、うちの法人だとどう考えるか」と考える人がいます。変わっているのは主語です。「私」の感覚(具体)から、「法人」の判断基準(抽象)に視点を上げている。この一歩が「考える」ということの中身です。
対立しているように見えるものを整理する
「支援か就労か」「丁寧か効率か」——どちらかを選ばなければいけないように見える場面でも、考えられる人は「共通していることは何か」を見に行きます。上の階層から見直すと、対立ではなく整理になります。
図解 ⑥
対立を「一つ上の階層」で整理する
どちらかを選ぶ前に、一つ上へ
具体の階層で見ると
対立に見える
支援か? 就労か?
丁寧か? 効率か?
個別対応か? 標準化か?
→
抽象の階層で見ると
整理になる
「共通していることは何か?」
→ どちらも「利用者の生活の質を高めること」が目的
→ 対立ではなく、場面によって使い分けるもの
一つ上の階層から見る問い
問い①「この2つ、共通している目的は何だろう?」
問い②「どちらが大切か、ではなく、どちらをいつ使うかで考えられないか?」
問い③「うちの法人が大切にしていることに照らすと、どう整理できるか?」
「主語を法人に変える」だけで、対立が整理になる
第5章 現場に根づかせるために
大切なのは、新しいことを増やすのではなく、今ある仕事の中に入れるということです。
- ヒヤリハットをまとめてみる
- ケース検討に問いを一つ入れてみる
- 記録に一言足してみる
どれも、今の業務の延長線上にあることです。新しい会議を増やしたり、新しい書式を作ったりする必要はありません。
一人でも「ちょっと引いて見てみよう」と思える職員が出てくれば、その視点はチームに伝わっていきます。
最後に
日々の中で、話がズレたと感じたとき、なんとなく違和感を覚えたとき——こう考えてみてください。
- 「具体に入りすぎていないか?」
- 「抽象で止まっていないか?」
- 「これを活かすとしたら?」
個別に向き合う力はそのままに、全体で考える力を足す。それだけで、現場の見え方は変わります。
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