キャリアパスを
スキルの羅列で終わらせない!
——「幹と果実」の2層設計と、その先にある山脈モデル
等級制度の限界から始まり、「幹と果実」という2層設計、そして厚生労働省が提唱する「山脈型キャリアモデル」まで、制度設計の本質を順を追って説明します。
この記事では、いくつかの専門用語を使います。読み進める前に、それぞれの言葉の定義を確認しながら進めてください。
まず「等級制度」の現状から
社会福祉法人の多くは、何らかの等級制度を持っています。一般的には7等級前後の構造で、1〜3等級が一般層、4・5等級が中間層(リーダー・主任)、6・7等級が管理者層(施設長・部長など)という区分けです。
この等級制度自体は間違っていません。問題は、各等級の「定義」がどう書かれているかです。
「スキルマップ型」等級定義の限界
多くの施設の等級定義を見ると、こういう形をしています。
| 等級 | 求められること(等級要綱の例) |
|---|---|
| 1〜3等級 (一般層) |
・施設のルールを理解し、指示に従って業務ができる ・利用者の状態を把握し、安全に介助できる ・報告・連絡・相談ができる ・個別支援計画に沿った記録が書ける ・挨拶や言葉づかいが適切にできる |
| 4〜5等級 (中間層) |
・後輩への指導・助言ができる ・ユニットや班のリーダーとして業務を調整できる ・家族との面談を適切に行える ・行事をリーダーとして企画・運営できる ・委員会を担当できる |
| 6〜7等級 (管理者層) |
・施設の運営全体を管理できる ・職員の育成・評価ができる ・行政対応ができる ・収支を把握し経営的視点で判断できる ・外部機関との連携を主導できる |
丁寧に作られています。しかしこれを見た職員は「自分は今どこにいるのか」「次の等級に上がるために何をすればいいのか」が読み取れるでしょうか。そして管理者は揃って同じ判断ができるでしょうか。
スキルマップ型の等級定義には、3つの構造的な問題があります。
①施設が違うと当てはまらない。「個別支援計画が書ける」は障がい支援施設では重要なスキルですが、通所型と居住型では意味が変わります。業務タスクで等級を定義すると、施設をまたいで制度を使えません。
②職種が違うと使えない。支援員と事務職では求められるスキルが違います。結果として職種ごとに別の表を作ることになり、制度が複雑化します。
③管理者の判断がバラバラになる。「後輩指導ができる」かどうかの判断は管理者によって異なります。スキルの定義だけでは、管理者間の判断のズレを解消できません。
失敗①——「法人共通の素養・人間性」を軸にしようとした
具体的には、考課表の情意考課——規律性・積極性・協調性——をキャリアパスの共通軸に据えようとしたのです。「施設が違っても職種が違っても、これらは共通して求められる人としての姿勢だ。ここを幹にすれば制度が安定するはずだ」と考えていました。
| 考課要素 | 考課定義 | 着眼点(評価項目) |
|---|---|---|
| 規律性 | 上司の指示や、定められた諸規則・規定を守る度合いをいう。 | ・報告・連絡・相談・確認をきちんとしたか ・身だしなみ、時間厳守、言葉遣い、挨拶ができていたか ・助言を謙虚に受け止めていたか |
| 積極性 | 自分の仕事に関し、質の向上、改善提案、自己啓発などを行う度合いをいう。 | ・業務に関する改善提案を行っていたか ・会議等で積極的に発言していたか ・自分の資質を高める努力をしていたか |
| 協調性 | 組織の一員としての自覚を持ち、チームワークにプラスになる行動の度合いをいう。 | ・他部門と関連する仕事で、相手の立場を考えて行動したか ・自分の考えに固執し他者に迷惑をかけなかったか |
①職員に嫌悪感を持たれた。「報連相ができているか」「挨拶ができているか」——これは等級の話ではなく社会人として当然のことです。「なぜこんなことを評価されなければならないのか」という反発が生まれ、考課表そのものへの嫌悪感から制度が使われなくなりました。
②管理者が使いこなせなかった。「積極性がある」かどうかの判断は管理者によってまったく異なります。「会議でよく発言する人」を積極性があると見る管理者もいれば、「黙々と改善する人」を積極性があると見る管理者もいる。言葉を定義したつもりが、解釈はバラバラのままでした。
③「人間性」という言葉止まりで、成長の道筋が見えなかった。規律性・積極性・協調性は、ある意味「人としてあるべき姿」の言語化です。しかしそれは「どうあるか」を示すものであって、「どう成長するか」の道筋を示していません。職員は「どこに向かって成長すればいいのか」がわからないままでした。
失敗②——「人間性」をさらに言葉にしようとして迷子になった
では、情意考課の言葉をもっと深く言語化すればいいのか。「自立」「主体性」「協働力」——こうした言葉を等級定義に組み込もうとしました。スキルの羅列よりは深い。考課表の形式的な項目よりは人間的な成長を表せる。そう思っていました。
「主体性」「自立」——言葉そのものは悪くありません。管理者たちも「そうだね」と頷く。しかし、いざ「では、誰が主体性があると思いますか」と聞くと、管理者ごとに思い浮かべる職員の姿がまったく違うのです。
「積極性」を「主体性」に言い換えても、問題の本質は変わりませんでした。言葉はある。全員が「大事だ」と思っている。でもそのレベル感・解釈を管理者間で共通言語にするところまで至らなかった。「うちの積極性のある職員」と「隣の施設の積極性のある職員」が、まったく別の人物像になっていた。それが実態でした。
具体すぎると施設ごとに使えない。「人間性」という言葉で止まると管理者間の共通言語にならない。この間をどう埋めるか——それが長年の課題でした。
問題の本質——「3視」という視点で人の成長を捉え直す
ふたつの失敗を経て、ようやく言語化できたことがあります。スキルマップ型は「何ができるか」を問い、情意考課型は「どう振る舞うか」を問い、人間性の言語化は「どうあるか」を問います。しかしどれも、職員の成長の本質をつかめていませんでした。
そこで注目したいのが、「視点」「視野」「視座」という3つの言葉です。私はこれを「3視」と呼んでいます。
視野(しや)とは、見えている範囲のことです。視点が集まって広がりになります。「このフロア全体の状況」「チームの動き」——複数のことを同時に把握できる範囲です。
視座(しざ)とは、どの高さ・位置から見ているかということです。視点と視野を持ちながら、さらに高いところから俯瞰できるか。「この施設が地域でどんな役割を果たしているか」「法人の3年後はどうあるべきか」——より広く・高く見える力です。
この「3視」の広がりと高まりこそが、スキルの習得とは別の、人間としての成長軸です。そしてこれは、支援員でも事務職でも、通所型でも居住型でも共通して当てはまります。「積極性」「主体性」という言葉が管理者間の共通言語になれなかったのは、この3視という共通の物差しがなかったからです。3視を軸にすることで、初めて「この人の視野はどこまで広がっているか」を管理者間で揃えて語れるようになります。
「幹」と「果実」——等級定義を2層で設計する
ここで、木の比喩を使って制度の構造を整理します。
果実(かじつ)とは、木に実るものです。制度設計における「果実」は、スキル——「何ができるか」という業務上の能力を指します。果実は木(幹)がしっかりしていてこそ実ります。幹なき果実はありません。また果実は施設・職種によって異なる種類が実ります。
※従来「枝葉」と呼ばれることもありますが、枝葉は「些末なもの」という印象を与えることがあります。スキルは「実るもの・価値あるもの」として「果実」と表現します。
まず幹を揃え、その上に果実を載せる。コース制かどうかに関係なく、これがすべての等級制度の出発点です。
幹と果実を等級定義に落とすと、こうなる
| 等級 | 層 | 一般層(1〜3等級) | 中間層(4〜5等級) | 管理者層(6〜7等級) |
|---|---|---|---|---|
| 等級 定義 |
幹 (3視) |
視点:自分の仕事が見えている
知る→わかる→できるの段階を経て、自分の持ち場を任せられる存在になる
|
視野:チーム・現場全体が見えている
「自分の仕事」から「人を率いる仕事」へ。周囲を巻き込み形にできる
|
視座:施設の外・未来が見えている
「現場を支える」から「人と組織を育てる」へ。法人の未来を構想できる
|
| 果実 (スキル) |
スキル例
施設の流れを知る/利用者を知る/個別支援計画の作成/安全な介助/報連相
|
スキル例
後輩指導・助言/行事のリーダー運営/委員会担当/家族面談
|
スキル例
施設運営全体の管理/職員育成・評価/行政対応/収支把握と経営判断
|
「幹と果実」の先にある問い——山頂は一つでいいのか
等級定義を「幹+果実」で整備したとき、次の問いが出てきます。
「この等級制度、全員が管理職(施設長)をめざす設計になっていないか?」
1等級から7等級へ、一本道で上を目指す。これを厚生労働省は「富士山型」と呼んでいます。頂上はひとつ——施設長というマネジメント職だけが最終ゴールになっている構造です。
しかし現場の実態はどうでしょうか。「施設長にはなりたくないが、ケアの専門家として極めたい」「管理職より、後輩を育てる役割で貢献したい」——そういう職員が多数います。富士山型では、そうした職員の視座の高まりが制度の中で見えにくくなります。
厚生労働省は2025年、「育成・指導者」「経営層」「特定スキルを活かした介護者」「地域全体の介護力向上を進める者」など、複線的なキャリアから意欲・能力に応じた道を選択できる「山脈型キャリアモデル」を打ち出しました。自分で目指す山を選び、個々人のペースで登っていくイメージです。
山脈モデルを法人内制度に落とす——コース制という発展形
山脈型の考え方を実際の制度に落とし込んだとき登場するのが「コース制」です。職員がめざす山頂(キャリアの方向性)をあらかじめ設定し、それぞれのルートでホップ・ステップ・ジャンプ(等級)を積み上げていく仕組みです。
| コース | ホップ (1〜3等級相当) |
ステップ (4〜5等級相当) |
ジャンプ (6〜7等級相当) |
|
|---|---|---|---|---|
| 現場 一筋 コース |
幹 | 視点:自分の仕事が見えている 自分の持ち場を任せられる存在になる |
視野:チーム・現場全体が見えている 周囲を巻き込み、任されたことを形にできる |
視座:施設の外・未来が見えている 専門性と俯瞰力を持ち、次世代を導ける |
| 果実 | スキル例 個別支援計画の作成/安全な介助/利用者把握 |
スキル例 行事リーダー運営/委員会担当/スーパーバイズ |
スキル例 外部機関との関係構築/人材育成を意識したフォロー |
|
| 専門性 探求 コース |
幹 | 視点:自分+周囲が見えている 「自分から周囲へ」視野が広がる段階 |
視野:チームの課題が見えている 困りごとを見つけ、解決策を提案し、チームを動かせる |
視座:法人・地域の未来が見えている 施設の枠を超え、新しい価値を創れる |
| 果実 | スキル例 他職員のサポート/実習・ボランティア対応 |
スキル例 チームへの課題共有・提案/家族とのやり取り |
スキル例 対外活動・イベント企画/他団体との連携 |
|
| 施設 マネジ メント コース |
幹 | 視点:施設運営が見えている 現場を預かる実行責任者としての見習い期間 |
視野:施設経営が見えている 「預かる」から「経営する」へ転換を遂げる |
視座:法人経営・社会が見えている ガバナンスと外部環境を俯瞰し、法人の未来を構想する |
| 果実 | スキル例 職員管理・育成/日常運営・リスク管理(見習い) |
スキル例 収支・稼働率の把握と説明/施設3年後のビジョン提示 |
スキル例 ガバナンス運営/次の管理者を育てる視点の保持 |
|
まとめ——制度設計の正しい順番
- スキルマップ型の等級定義は、施設・職種をまたいで使えず、管理者の判断もバラバラになる
- 情意考課(規律性・積極性・協調性)や「人間性」という言葉は、共通の判断基準にならない
- 「3視(視点・視野・視座)」の広がりと高まりこそが、施設・職種を超えた人間としての成長軸=「幹」である
- スキルは「果実」——幹がしっかりしていてこそ実るもの。幹なき果実はない
- 等級定義を「幹(3視)+果実(スキル)」の2層で書くことが、すべての出発点
- 厚労省の山脈型モデルは「管理職だけが頂上ではない」という考え方。複数のキャリアルートを設ける
- コース制はその発展形。まず「幹と果実」で等級定義を整えてから検討する
制度設計に正解はありませんが、順番はあります。スキルの羅列でもなく、「人間性」という言葉でもなく、3視という軸を幹に置く。その一歩から始めてください。
管理者が集まる次の会議で、こう問いかけてみてください。
「うちの4等級(中間層)って、どんな人のことを指しますか?」
答えがバラバラなら、それが「幹が揃っていない」サインです。
その対話から、等級定義の見直しが始まります。
