給与を上げれば、人は来て、残ってくれるのか?|給与制度設計シリーズ 第1回

給与制度設計シリーズ|第1回

給与を上げれば、人は来て、
残ってくれるのか?

「募集しても来ない」「内定を出しても辞退される」——多くの福祉施設が抱えるこの問いの答えは、給与や求人票の問題ではないかもしれません。
このシリーズでは、採用・定着・育成の課題を「トータル人事制度」という視点で整理し、現場で使える制度の作り方を全8回にわたってお伝えします。

処遇改善・働き方改革だけでは埋まらない「採用の溝」

介護サービスの有効求人倍率は、全産業平均の約3〜4倍で長年推移し続けています。事業所内保育園の設置、時短勤務制度の導入、ICTによる記録自動化——多くの法人がさまざまな施策を講じています。しかし就業状況の改善は、なかなか数字に表れません。

福祉業界では、処遇改善加算による給与アップが続いています。それでも「募集しても来ない」「採用してもすぐに辞めてしまう」という声が後を絝ちません。

給与水準は確かに上がっている。それでも人が来ない、定着しない。なぜでしょうか。答えは「職場環境」にあります。給与は入口にはなりますが、「この職場で働き続けたい」と思えるかどうかは、職場の中身で決まります。処遇改善でお金を積んでも、職場環境が整っていなければ、人は来ても定着しない——そういう施設が増えています。

それは「有効打が見つかっていない」のではなく、そもそも問いの立て方が違うからかもしれません。

離職の理由は給与ではない

介護職員が前職を辞めた理由の上位は「人間関係」「理念・方針への不満」「将来の見通しが立たなかった」が並びます。「給与の不満」が占める割合は約15%に過ぎません。

ここに、多くの経営者が見落としている重要な視点があります。

「給与を上げれば解決する」という誤解

職場への満足・不満を引き起こす要因は「動機付け要因」と「衛生要因」に分けて考えることができます(ハーズバーグの二要因理論)。

図:ハーズバーグの二要因理論——何が満足を生み、何が不満を招くか

ハーズバーグの二要因理論——動機付け要因と衛生要因
衛生要因
不満を防ぐための要因。給与・労働条件など。水準を下げると不満が生まれるが、上げても「満足」にはならない。
動機付け要因
満足感ややりがいを生み出す要因。整備することで職員が意欲を持って働き続ける力になる。
衛生要因(不満を防ぐ)
  • 賃金・給与水準
  • 人事評価・処遇のあり方
  • 勤務体制・労働条件
  • 福利厚生
動機付け要因(満足を生む)
  • 仕事の内容・やりがい
  • 職場のコミュニケーション
  • 雇用の安定性
  • 成長・キャリアの見通し

経営のスパイス!

給与で人を留めようとする施設は多いですが、給与はあくまでも「衛生要因」です。不満を防ぐことはできますが、それだけで職員が意欲を持って働き続けるわけではありません。

「仕事のやりがい」「職場の人間関係」「成長の見通し」——これらが動機付け要因です。そしてこれらは、お金がほとんどかからない取り組みで整備できるものです。

経営のスパイス!

給与や労働条件を改善しても、職員のやる気が上がらないと感じたことはありませんか。それは当然のことです。給与は「不満を防ぐ」衛生要因であり、そもそも満足を生む要因ではないからです。

一方で、整えておかないと確実に不満になる。だからこそ無視もできない。動機付け要因の策と並行して、両輪で整備することが必要です。

解決の鍵は「制度の連動」にある

では何を整備すればいいのか。答えは、バラバラに手を打つのをやめて、人事制度全体を一つの「育成の仕組み」として連動させることです。これを「トータル人事制度」と呼んでいます。

人事制度というと「給与を決めるもの」「評価表を作るもの」と捉えられがちです。しかし本来、人事制度の中心にあるのは「キャリアパス(等級制度)」です。新人にはこういう姿でいてほしい、中堅にはこういう役割を担ってほしい、管理職にはこういう判断ができてほしい——その期待像を階層別に示したものです。全ての制度は、そこから始まります。

D字で回る「育成の循環」

制度が連動するとはどういうことか。「D」というアルファベットをイメージしてください。キャリアパスを軸に、評価→面談→教育→処遇がぐるりと循環する構造です。

図:トータル人事制度の全体像——D字で回る育成の循環

トータル人事制度の全体像——D字循環

重要なのは、給与制度は「結果」の位置にあるということです。給与制度だけを整備しても、キャリアパス・評価・面談・教育が機能していなければ制度は動きません。

💡 給与制度だけ良くしても、人は魅力を感じません。
制度は「連動」してはじめて機能します。
人が育ち、定着する組織には、この循環が回っています。
第1回のまとめ
  • 採用・定着の課題は「給与の問題」だけではない
  • 給与は「衛生要因」——不満防止にはなるが、それだけでは職員は動かない
  • やりがい・コミュニケーション・成長見通しはコストをかけずに整備できる
  • 人事制度の中心は「キャリアパス」——そこからD字で全制度が連動する
  • 給与制度の改善は、この連動の中に位置づけてはじめて効果を発揮する
▶ 次回(第2回)
理念を形にする「キャリアパス」設計術
——福祉人材のスキル定義と、等級・ステップの具体的な作り方をお伝えします。

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